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2006年02月02日

●バーンスタイン「シンフォニックダンス」「前奏曲、フーガとリッフ」

元経済企画庁長官であった堺屋太一氏は「現代に悲恋はない」と喝破したのを、高校時代に何かの書物で読んだのを覚えている。だがそうそう世の中割り切れるものではない。悲恋なくして「物語」はその可能性を抑制されるのであって、アクチュアルな力を持つことは難しくなるだろう。

と最近思ったのは、バーンスタインの「ウェストサイドストーリー」から作られた組曲「シンフォニックダンス」を聞いてからのこと。

僕の持っている音源はドイツグラムフォンが発売した「Berstein conducts Bernstein」というシリーズのうちの1枚で、バーンスタインの作品の中から「キャンディード序曲」、「シンフォニックダンス」、「交響組曲『波止場』(元は映画音楽)」、「前奏曲、フーガとリッフ」が含まれているもの。アマゾンで探したのだが、今はネット上では手に入らないようだ。

「ウェストサイドストーリ」は1957年に作曲されているわけだが、この曲が「ヴォツェック」や「ルル」以降に作曲された意義は非常に大きい。大いなる冒険だったに違いないのである。そのバーンスタインがその2年前にベルリーニ「夢遊病の女」をマリア・カラスとともにスカラ座で録音しているということも驚異的である。バーンスタインという音楽家の巨大な懐を垣間見せられてしまう。恐ろしい男だと思う。

「シンフォニックダンス」では『プロローグ』2分過ぎ頃から4ビートが導入されているのだがこの緊張感が凄い。それから『マンボ』の一瞬気を許せば卑俗な曲になってしまうところなのだが、そこにリズムの緩急で緊張感を作り出すあたりなど凄い。繰り返しになるが、これが「ルル」や「ヴォツェック」以降であるという文脈を忘れてはならない。

「前奏曲、フーガとリッフ」には20年前の苦い思い出がある。たまたまNHK-FMでこの曲をオンエアしていたのを録音したのだったが、ジャズとクラシックの融合(フュージョン)の意外な取り合わせに卒倒し、愛聴していたのだが、その年の冬に「第九」を重ね録りしてしまい、それ以来聞くことができなかったのである。このCDを買ってから、あらためて「前奏曲、フーガとリッフ」のフュージョンの緊張感と心地よさを堪能することができたのである。

「シンフォニックダンス」も「前奏曲、フーガとリッフ」もできればバーンスタイ指揮で聞いてほしい。一度違う指揮者の元で聞いたときに、とんでもないグルーヴ感の欠如に辟易したことがあるから。

アマゾンで手に入るのはこの2枚かな?

「シンフォニックダンス」
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「前奏曲、フーガとリッフ」
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ちなみに、僕が聞いた1955年録音のマリア・カラスとの「夢遊病の女」はこちら。

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