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2006年08月15日

●ブリテン/ブリテン「戦争レクイエム」

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第二次大戦の主要参戦国出身者が集められた演奏。作曲者ブリテン会心の演奏だったとのこと。
演奏自体は遅いテンポで歌い上げていく感じ。ガリーナ・ヴィシュネフスカヤの美しい声。ディースカウの存在感際だつ声。

この曲を初めて聴いたのは中学生の頃。たしかハイティンク指揮の演奏で、カセットテープに録って何度も聞いた。そのうち、この曲の真の意味はともかくとして、この曲の持つ独特の美しさ、それはイングランド北部の荒涼とした高知地帯の中を敢然としてさまよう巡礼者になったかのような宗教的恍惚感のようなものを感じて、ああ、この曲さえあれば山奥に庵を結んで一人で暮らすのも悪くないなあ、と思ったことを覚えている。おそらくは無人島に持って行きたいCDの一枚になるだろう、と。

あれから数十年たってあらためてこの曲と向き合うと、あのころの思っていたことをいろいろと思い出すのであった。こんなはずじゃなかった、あんなはずじゃなかった、と。政治も(戦争も)そういうもので、あんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、という出来事が積み重なって開戦へと至るのである。一つ一つの偶然のつながりがいつしか必然となって厳然と立ちはだかるのである。

総指揮:ベンジャミン・ブリテン(作曲者)…イギリス

ガリーナ・ヴィシュネフスカヤ(ソプラノ)…ソ連
ピーター・ピアーズ(テノール)…イギリス
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)…ドイツ
→欧州戦線主要国出身者が参加。作曲者の希望による。

管弦楽:ロンドン交響楽団

2006年08月06日

●チェリビダッケ/ラヴェル「ダフニストクロエ」他

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暑い夏の昼下がり、チェリビダッケのラヴェルを聴いてみる。

重い蓋を開けるように始まるダフニスとクロエ第二組曲は少しもたっているかな、という印象。しかし爆発的なクレッシェンドは健在。クープランの墓はゆっくりとしたテンポだが結構いける。ラ・ヴァルスは良い感じにグルーヴしている。これこそ失われたウィーンのワルツだね、という感じ。チェリビダッケ自身も相当ノッているようで、随所にかけ声がきこえるほど。

2006年08月01日

●ラトル/ドビュッシー交響詩「海」他



ラトルのドビュッシー。特に「海」なんだが、この演奏も凄かった。さすがはラトルとベルリンフィルのコンビ。トラック1の5分50秒近辺で、弦楽器の一糸乱れぬ動きが完璧なまでに海の情景を想起させるのには身震いするほど。ベルリンフィルも本当に上手くて脱帽である。

ラトルを戴くベルリンフィルはほとんど無敵に近いまでの美しさを身にまとうらしい。それが「海」の演奏でも最大限に発揮されている。この美しさはカラヤンのベルリンフィルとは違う。カラヤンのベルリンフィルの美しさが静の美しさであるとすれば、ラトルのそれは動の美しさであると思われるのである。というのも、カラヤンは総譜それ自体の美しさを表出させるが、ラトルは総譜を素材にしてそこから引き出すことのできる最大限の解釈を表出させるようにきこえるのである。それはアコーギグやデュナミークの豊かさから感じるのだと思うし、底流する確固たるグルーヴ感がそれを支えていると思うのである。いずれにせよ、ラトル盤の多くはきわめて魅力的であり、この「海」の演奏においてもその期待を裏切らない。

※ラトルに裏切られたことがないといえば、嘘になるのであって、最近とある盤では残念ながら期待に届かない演奏だったという経験もある。

というわけで、このCDは☆☆☆特薦ということにしたいと思う。

2006年07月31日

●バーンスタイン/マーラー交響曲第8番「一千人の交響曲」



先日聴いたバーンスタインの一千人の交響曲。今度は同じメンバーが別の日にライブ録画した映像をDVDで観てみる。

映像を見て、認識を新たにしたのがソプラノのエッダ・モーザーのすばらしさ。高音域の美しさには本当に心を打たれる。それからヘルマン・プライの第二部での独唱も実にすばらしい。声質、声量ともになにも言うことはない。それから、CDではきわめて残念だったパイプオルガンの音量もこちらは十分で安心。

この録画、気がつくと1975年で、もう31年前の映像であることにあらためて驚く。そういう意味では、1975年の31年前といえば1944年でまだ戦時中だなあ、みたいな変な感興も起こってくる。バーンスタインも本当に元気で、指揮台の上で飛び跳ねていた。みんな若いわけである。

(ちなみに、エッダ・モーザーが歌う「魔笛」の音声が、ボイジャー1号、2号に積載されたレコードに収録されているらしい。)

2006年07月26日

●アバド/ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」



またアバドのベートーヴェン全集を聴いてみる。演奏はベルリンフィル。

うーん、すばらしい。颯爽たる英雄。都会的で若々しい演奏。まるで青々とした草原で駿馬をかけさせているような気分になってくる。ベートーヴェンって、こんなにさわやかで良いんでしたっけ、と思ってしまう。クライバーとは違う若々しさがある。クライバーの若々しさが絢爛豪華であるとすれば、アバドのそれは青春の若々しさとでもいう感じ。そうだ、アバドのこの演奏の中には永遠の若さが宿っているといっても過言ではないだろう。

僕にとっての初のアバド体験は、プロコフィエフのピアノ協奏曲第三番を振った演奏で、あの若々しく覇気のある演奏に感動したものである。そんなアバドも気づいてみるともう73歳。若いと思っていたアバドももう70代か、と感慨深い。2000年に病気に倒れてしまい、それ以降のアバドの姿は往年のそれに比べると老けきってしまった感じなのだが、凄い演奏を聴かせてくれているのである。特にルツェルン祝祭管(マーラーチェンバーオーケストラ+ベルリンフィルの名手+その他ソリスト級有名人)とのマーラー「復活」は忘れがたい演奏。

2006年07月24日

●アバド/ベートーヴェン交響曲第5番「運命」



ベートーヴェン交響曲全集に含まれるアバドの運命を聴いてみる。

僕のベスト運命はクライバー盤なのだが、アバド盤もかなり良い演奏であることがわかった。

美しさとか流麗さといった言葉はこの演奏には当てはまらない。そうではなくて、実直さ、真面目さといった言葉がよく似合う運命だと思う。だからといって面白みが無くなるわけではない。実直であるからこそ、安心して最後まで聴くことができるのである。そして、演奏はベルリンフィルの名手たち。だから、イデアールなまでに昇華された規範的運命がそこに立ち現れてくるのである。まさにこの運命が基準となって、他の運命があるのではないか、そう思えてしまうほど完成度が高い運命なのである。ベートーヴェンの演奏はかくありなむ、と思われるのである。

この演奏を聴けば、他のアバドのベートーヴェンを聴く必要を感じるに違いない。というわけで、明日もアバドのベートーヴェンを聴こうと思うのであった。

2006年07月22日

●バーンスタイン/マーラー 交響曲第8番「一千人の交響曲」



バーンスタインの一千人の交響曲を聴いてみたのだが、これはかなりいい演奏である!

僕のデフォルト盤であるショルティ/シカゴ響が実にスマートでスタイリッシュな演奏であるのに対して、バーンスタインのそれは、情感豊かなのである。それはテンポコントロールや歌手の歌い方などによってもたらされている。特にテンポコントロールはかなり具体的で、きき手としてもよく理解できるのである。

テノールのケネス・リーゲルもなかなかよい。テノールが歌うマリア崇拝の博士の部分は、個人的にもっとも気に入っている部分で、一千人の交響曲を聴くとなるとこの部分の善し悪しがもっとも気になる。ショルティ盤のルネ・コロとは違う声質だが、歌い回しが実に情感的・感性的で、全体の雰囲気とよく調和している。ハープのアルペジオが美しいテノール独唱に続く部分もきわめて優れていて深い感動を喚起する。

ただ、残念なのはパイプオルガンの音質。ショルティ盤は、ブルックナーが使っていたというリンツのオルガンを使っているので、オルガンの音質がものすごくよい。バーンスタイン盤はそれに比べてパンチが足りない。第一部の冒頭は強烈なオルガンの和音で始まるのだから、この点は少し残念である。

だがそうした短所は、部分的なものに限定されているので、この盤は愛聴盤になりそうな予感である。