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2004年11月30日

●辻邦生「円形劇場から」

辻邦生全短篇2に所収されている「円形劇場から」を読む。

作家の人生遍歴。都会の大学での勉強にも飽きたらず、海辺の街にも飽きたらず、放浪を続ける詩人。あるとき円形劇場でギリシア悲劇を演じる女優と出会い、探し求めていたものを見つける。それは世界をささえる「美」であった。

プロットだけだと、なにか素っ気ない風情すら感じる。だが、この作品は詩であり倫理学であり美学であり哲学である。

倫理学と美学の狭間に立って苦しみ続けた辻邦生にとって、女優が語るこの言葉が全てを物語っているだろう。

でも、私たちがこの円形劇場に入るのは、決して日常生活や人生の興亡に背を向け、それを嫌悪するからではない、と思いますの。少なくとも私の場合は、そうじゃなかったと思います。私は、かえって日常の暮らしに−−明日の支払いや、庭に植えた花や、遠足の支度や、仕事の段取りなどに心を労するこの日々の暮らしに−−愛着を感じるからこそ、それを、もっと全身から愛しうるように、その意味や本当の姿や一回きりのその生の味わいを、この円形劇場のなかで深めるのだ、と、そう思えたんですの。
辻邦生「辻邦生全短篇2」1986、中公文庫 269ページ

そして、その後の詩人の言葉。

夏の豊かな時間があるということが、肺を病むことや、書類の埃りのなかを匍いまわって生きることや、肌の温みを感じることの意味を、一挙に照しだし、私にそれを深く納得させたのだった。
辻邦生「辻邦生全短篇2」1986、中公文庫 270ページ

辻邦生の文学は、芸術至上主義では決してない。むしろ、生へ向き合うことを要求する。だが、その向き合うなかにおいて、向き合うことを支え、意味づけるものが、美である、と言っているように思える。芸術だけが美ではない。青い空であったり、甘い太陽の日差しであったり、風に吹かれて草木がカサカサと音を立てる、そのことが美であり、それが生きることを支えている、そんな風に言っているのではないか、と思える。

円形劇場にてである女優は、辻文学に通底する永遠の女性像である。それは、「ある生涯の七つの場所」でのエマニュエルであり、「春の戴冠」のシモネッタである。エマニュエルもやはり「かたちのいい額」を持っていたはずだ。

2004年11月28日

●辻邦生展(2) 辻佐保子さん講演会

11月27日15時より、学習院百周年記念会館3階小講堂において、辻佐保子さんの講演会が開催された。辻佐保子さんは辻邦生さんの奥様であるが、ご自身も美術史家でいらっしゃり、女性初の国立大学教授になられたという方である。

15時開始のところ、14時から受付開始であったが、受付開始早々から来場者が続き、開始前には会場に入りきらないほどの来場者で、講堂の入り口のドアを開け放してロビーに椅子を並べているような感じ。大盛況であった。

学習院大学と辻邦生さんのつながりについて最初に話された。

学習院大学フランス文学科は鈴木力衛さんというフランス文学者を擁していたわけだが、実は佐保子さんは鈴木力衛さんの姪に当たるのだという。その関係もあって、辻邦生さんがパリ留学する前の31歳のときから学習院大学で教鞭を執るようになったのだそうだ。

また、学習院大学のフランス語非常勤講師であった、マリア・ユリ・ホエツカ夫人についても語られた。この方は、「樹の声海の声」の咲耶のモデルになった方とのこと。ご主人が入院されていて、苦労されていたことから、「樹の声海の声」の原稿料の半分を渡していたそうだ。展示会には、ホエツカ夫人の写真などが展示されていたが、古き良き美しき女性という感じだった。「樹の声海の声」が実話に基づいているということに初めて気づかされた次第。

展示では、「春の戴冠」の成立過程に関する資料を中心に展示されていたわけだが、辻邦生さんは「春の戴冠」をもっとも不遇な作品とおっしゃっていたとのこと。1977年に上下巻が刊行されるが絶版となった。文庫化もされなかったわけである。1996年に一冊本として再版されたが、これは辻邦生さんの希望によるものだそうだ。「西行家伝」が好評だったので、お願いしたとのそうだ。確かに「春の戴冠」は長いけれど、「背教者ユリアヌス」以上に辻文学の真髄を伝えていると行っても過言ではないと思う。佐保子さんからこの「春の戴冠」のあらすじと、それにまつわるエピソードが紹介された。フィレンツェに「お礼参り」に行ったときに、花のサンタマリア大聖堂の天蓋の螺旋階段で読者にばったり出会われたり、ウフィツィ美術館の「ヴィーナスの誕生」の前で読者夫婦と会われて、4人で広場でカンパリで乾杯をした、といったエピソードが紹介された。

Frescoこのボッティチェルリのフレスコ画がお好きだったとのことで、ルーブルに行ったら必ず見に行かれていたそうで、「春の戴冠」のなかにもこのフレスコ画について言及されている部分がある。

最後に質問を受け付けていた。興味深いものとしては、歴史小説を書く上での方法論(資料の整理方法などを含む)については、トーマス・マンの「ファウストゥス博士の成立」を参考にしていた、ということが紹介されたこと。これももしかしたらどこかに書いてあるかも知れないが、初めて認識した話。早速読んでみなければなるまい。

Descartes37パリ市5区デカルト街37番地にある辻邦生さんのアパートにプレートをつけたときのエピソードも紹介された。歴史的な街であるということから、プレートを掲げるのには県の許可がいるとのことで、相当苦労したそうなのだが、旧知だったソルボンヌの学長の一声で右にならえでスムーズに事が進むにいたったとのこと。式典も催され、NHKのBSニュースで放映されたとのこと。写真はデカルト街37番地の様子。

●クインシー・ジョーンズ「愛のコリーダ」

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恥ずかしながら、本日初めて聴いたけれど、これは本当にいい。でも、どこかで聴いたことあったのは事実。これがクインシー・ジョーンズの曲とは知らなかっただけ。

いわゆるディスコミュージックの部類に入るのかも知れないけれど、なにせメンツがすごい。ピアノにハービー・ハンコック、テナーサックスにアーニー・ワッツ、ギターがスティーブ・ルカサー。アーニー・ワッツは1曲目「愛のコリーダ」のエンディングで彼らしいソロを取っている。


●新国立劇場「椿姫」

名称(和)椿姫
名称(欧)La Traviata
幕形式3幕4場
作曲年1853
台本小デュマの「椿姫」をF・M・ピアーヴェが台本化
初演1853ヴェネツィア

このオペラは本当によくできている。第一幕でぎゅっと捕まれてしまう。「乾杯の歌」をあれだけ最初に配置するとは。バラエティ番組も面白いネタを最初にもってくるが、それと同じ。歌手も第一幕は大変。ヴィオレッタもアルフレードも第一幕で力の7割ぐらい使ってしまうのではないだろうか?第二幕のジェルモンとの二重奏もなかなか聞き所ではあると思ったけれど。だから、第三幕は気をつけないと、やるほうもきくほうも散漫になりがち。

ヴィオレッタのヴィクスボルキナは、ヴィオレッタ的雰囲気を十分創り出していたし、しっかり歌えていたと思う。安心して聞ける感じ。アルフレードの佐野さんはすごく上手かった。ピッチも安定していたし、高い音も出ていたと思う。ジェルモンのロバートソンもよかった。倍音の豊かな本当にいい声をしている。オーケストラに音がかき消されてしまうこともあったが、それはオケ側とのバランスの問題なのかもしれない。

やっぱり、何はともあれ歌手は声の質が命。ピッチコントロールなどよりも、最近は声質のほうが気になる。ロバートソンの声質を聞いてしまうと、ちょっとかなわないよなあ、と思ってしまうのだ。勿論、ロバートソンの巨躯内でボーズのウーファーよろしく反響増幅された結果なのだと思うけれど、それも才能のうち。

演出はオーソドクス。でも、こういうのがいいんだよなあ、と思う。刺激は少ないけれど。

sq配役種類名前
1指揮-若杉弘
2演出-ルーカ・ロンコーニ
3演奏-東京フィルハーモニー交響楽団
4ヴィオレッタソプラノマリーナ・ヴィスクヴォルキナ
5アルフレードテノール佐野成宏
6ジェルモンバリトンクリストファー・ロバートソン

2004年11月27日

●辻邦生展(1)

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学習院大学史料館 辻邦生展へ出かける。

12月11日まで。
平日は12時〜17時、土曜日は10時〜12時。
日曜祝日は休館となる。

写真のように、美しいポスターが貼ってある。色遣いは全集のパンフレットと同じ基調のもの。以下の五つのセクションに分かれた展示であった。

1. 書くこと 教えること
 学習院大学の入学案内に登場する辻教授。大学行事予定表など。

2. 作品ができるまで
 特に春の戴冠を題材としている。下書き原稿、自筆原稿、校正刷りなど。下書きは万年筆なのだが、実際の原稿用紙は鉛筆で書かれていた。

3. 書くなかで生み出されたもの
 創作ノートの数々。A6程度のメモノートに万年筆でびっしり書かれている。展示されていたページには「安土往還記」の題材と思しき内容が書かれているのがわかる。

4. 書くこと 描くこと
 辻邦生が描いたスケッチなど。思った以上に上手い。そして同僚の教授を描いたカリカチュアっぽいイラスト。外国の風景など。

5. 作品の数々
 辻邦生の作品群が展示されている。いずれも見覚えのあるものばかり。


また、西行花伝の成立に関する講演の模様がビデオ上映されていた。

2004年11月23日

●菊地 成孔, 大谷 能生「憂鬱と官能を教えた学校」

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会社に入ってからしばらくサックスは吹いていなくて、それでも年に一度ぐらいはライブに出ていたりしたけれど、ふとした拍子にジャズ理論を見直そうかなあ、と思った時にこの本をタワーレコードで見かけた。即購入。菊池成孔さんは、うちの大学のジャズサークルの関係者で、一緒にサックスを吹いたことが一度だけある(大学の練習室でブルースを吹いた)。

それにしても、こんなに興味深い本は久しぶり。商業音楽史をバークレー理論という切り口で分析しているのだが、商業音楽とはいえ、ちゃんと西洋音楽自然体を押さえている。平均律の導入のところとか。

ハイアートとサブカルチャーのせめぎ合いみたいなところとか、見えてきて面白い。それは、ガーシュインのエピソードに象徴されている。バークレー理論は、ハイアートに対するアンチテーゼというよりは、ハイアートに相手にされなかったが故に、理論武装をして自らハイアートになろうとしてきたようにも思える。それは、ちょうど、一昔前の大学コンプレクスに似ているのだろう(ラーメン大学、とかそういうふうに「大学」を使うとか、某業界の「※※大学」とか…)。


「実学」と称してバークレー理論のイロハを俯瞰できるのだが、それがすばらしい。某ジャズ奏者のジャズ理論書を何度読んでもわからなかったクチのだが、それはどうやらその本が悪かっただけで、ちゃんと説明されていれば、わかるものだ。自分を責めるのではなく本を責めたほうがよいときもある。十何年も回り道させられたなあ、と…。ちなみに、この本のなかでは「悪書」として紹介されていたわけで、溜飲を下した思いである。

あとは、あらゆるメタファーが秀逸。こういうセンスはとても大好き。わらっちゃう。つられて会社でもついついへんなメタファーを使っちゃって苦笑。

2004年11月21日

●バイエルン州立歌劇場予約顛末(その2)

12月20日、バイエルン州立歌劇場ボエームはすでに完売状態。あとは、立ち見席のみかと…。至極残念。
あとは、「利口な牝狐」が送られてくるかどうか、に焦点が絞られてきた。