●アリステア・マクラウド「灰色の輝ける贈り物」新潮クレストブック
1936年にカナダに生まれたアリステア・マクラウドの短編集「灰色の輝ける贈り物」を読む。実に描写がすばらしい作品。である。たとえば…
おじいちゃんがロッカーからずしっと重いタオルを二枚出す。体を拭き終わったあと、おじいちゃんはきれいな服に着替え、僕はもと着ていた服しかないのでそれを着る。『帰郷より』110ページ
「ずしっと重いタオル」とは、よく言ったもだと思う。何度も使われて洗濯されているから、表面がゴリゴリと固くなったタオルで、大柄な男達にちょうどよい大きさのタオルだから、座布団ぐらいの重さなのだろう、と想像できてしまう。
私たちはなかへ入っていく。犬は爪をカチャカチャ響かせながらリノリウムの床を横切り、満足そうなため息とともに木のテーブルの下にどっかり腰を落ち着け、ほとんど同時に眠ってしまう。海を泳いで濡れた毛のままで。
『失われた血の塩の贈り物』より 144ページ
犬の爪が床を鳴らす音をこういう風に書くなんて。うれしさを感じる。
少し長いがこちらも。
野生の花はめまいを覚えるほど芳醇な香りを放って、短い命を謳歌している。丈夫だけどデリケートな赤と白のバラは、車に軽く突かれただけで、ボンネットの上に香りのよい繊細な花びらを滝のように降らし、トゲで車体の塗装をひっかく。どんなものにも価値があるのだ、といっているようだ。甘い香りの赤や白のクローバーの花に蜂が群がっている。黄色いキンポウゲはひらひら震え、白や黄色と緑のデイジーは頭を垂れて揺れている。トゲだらけのアザミは紫の花を咲かせ、鬱蒼とはびこるバックホイートとラズベリーの茂みは新緑の網目模様のタペストリーをつくっている。道は下り坂になり、いくつものヘアピンカーヴを曲がっていくと、澄んだ水の筋が道を横切って何本も滝のように流れている。
『ランキンズ岬への道』より167ページ
花をこれだけ描写し、しかもそのなかでこの道が普段使われていないことを暗示してくるなんて。バラのトゲが車体のひっかくあたり、すばらしい。これは、訳者によるところも大きいのだろう。
いずれも炭坑町や漁師町から世界へと旅立とうとした若者達の視点がある。それでもやはりいつかは戻ってくる、ということだ。マクラウド自身の姿が映し出されているに違いない。
どこでも若者は旧来の因習からなんとか抜け出そうと試みる。だが、試みているうちに自分がその因習の担い手になっていることに気づかない。あるとき、ふと、自分が担い手であることに気づき、絶望し、諦念するのだ。その瞬間若者は大人になる、というわけだ。
続編「冬の犬」も刊行されている。こちらも押さえておく必要があるだろう。

