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2004年05月31日

●アリステア・マクラウド「灰色の輝ける贈り物」新潮クレストブック

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1936年にカナダに生まれたアリステア・マクラウドの短編集「灰色の輝ける贈り物」を読む。実に描写がすばらしい作品。である。たとえば…

おじいちゃんがロッカーからずしっと重いタオルを二枚出す。体を拭き終わったあと、おじいちゃんはきれいな服に着替え、僕はもと着ていた服しかないのでそれを着る。
『帰郷より』110ページ

「ずしっと重いタオル」とは、よく言ったもだと思う。何度も使われて洗濯されているから、表面がゴリゴリと固くなったタオルで、大柄な男達にちょうどよい大きさのタオルだから、座布団ぐらいの重さなのだろう、と想像できてしまう。


私たちはなかへ入っていく。犬は爪をカチャカチャ響かせながらリノリウムの床を横切り、満足そうなため息とともに木のテーブルの下にどっかり腰を落ち着け、ほとんど同時に眠ってしまう。海を泳いで濡れた毛のままで。

『失われた血の塩の贈り物』より 144ページ
犬の爪が床を鳴らす音をこういう風に書くなんて。うれしさを感じる。

少し長いがこちらも。

野生の花はめまいを覚えるほど芳醇な香りを放って、短い命を謳歌している。丈夫だけどデリケートな赤と白のバラは、車に軽く突かれただけで、ボンネットの上に香りのよい繊細な花びらを滝のように降らし、トゲで車体の塗装をひっかく。どんなものにも価値があるのだ、といっているようだ。甘い香りの赤や白のクローバーの花に蜂が群がっている。黄色いキンポウゲはひらひら震え、白や黄色と緑のデイジーは頭を垂れて揺れている。トゲだらけのアザミは紫の花を咲かせ、鬱蒼とはびこるバックホイートとラズベリーの茂みは新緑の網目模様のタペストリーをつくっている。道は下り坂になり、いくつものヘアピンカーヴを曲がっていくと、澄んだ水の筋が道を横切って何本も滝のように流れている。

『ランキンズ岬への道』より167ページ
花をこれだけ描写し、しかもそのなかでこの道が普段使われていないことを暗示してくるなんて。バラのトゲが車体のひっかくあたり、すばらしい。これは、訳者によるところも大きいのだろう。

いずれも炭坑町や漁師町から世界へと旅立とうとした若者達の視点がある。それでもやはりいつかは戻ってくる、ということだ。マクラウド自身の姿が映し出されているに違いない。

どこでも若者は旧来の因習からなんとか抜け出そうと試みる。だが、試みているうちに自分がその因習の担い手になっていることに気づかない。あるとき、ふと、自分が担い手であることに気づき、絶望し、諦念するのだ。その瞬間若者は大人になる、というわけだ。

続編「冬の犬」も刊行されている。こちらも押さえておく必要があるだろう。

2004年05月30日

●無題

夏のような天気。「ような」というのは、おそらくはまだ暑さが足りないせいだが、日差しが、ちょうど溶けたバターのような色だと思うのだが、コンクリートの建物や青々とした木々の葉なんかを金色に輝かせている。
もう少し若い頃は、太陽の光より静かな雨のほうが好きだったのだが、最近はつとに太陽の光に飢えを感じる。平日はビルの中に閉じこめられているからだろう。
最近の僕の夢はただ一つ。毎日太陽の光をゆっくり浴びること、だ。

2004年05月26日

●ジョン・ラチェスター「最後の晩餐の作り方」新潮クレストブック

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取っつきにくい本というものがある。最初なかなかその小説世界に入っていけない。どうにかこうにか我慢して、やっとそのペースをつかむことができる。ようやくと波に乗れたような感じ。

この本はまさにそういう本。もちろん和訳されているという観点もあるだろうが、この本の語り口に乗ることができたとたん、面白みは増してくる。

料理の蘊蓄本と思っていると、その語りの端々に現れる語り手の尋常ならざる素顔。いつしかある新婚カップルの追跡尾行をしていることが明らかになり、最後は二人を別荘に招く語り手。そして、他の人々と同じく…。

おそらくは、人間は知識に対する尊敬とコンプレクス両方を持つことになるのだが、我々読み手は、語り手の料理にとどまることのない知識の広さに幻惑され圧倒され平伏することになるだろう。

傑作なのはプルーストを下敷きにしたと思われるこの一説。

「平和と幸福は、地理的に見て、料理にニンニクが使われる場所から始まると言っても過言ではない」こう語ったのは英仏料理界の橋渡し役をつとめた英雄でありながら『ラルース料理百科事典』にはなぜかその名の記されていないX・マルセル・プルースタンであります。

その後、この章には「土地の名」とか「マルハナバチ」が登場する。

いずれにせよほんとうによく考えられた小説だ。5年かけて執筆したというのだから。執筆者とおなじく訳者も賞賛に値するだろう。この日本語の微妙な語り口はなかなかおもしろいはずだ。
ISBN 4-10-590022-6

2004年05月25日

●辻邦生「祝典喜劇ポセイドン仮面祭」

あらすじ

王国統治下にあるある島。金鉱の出現により豊かになった島でくりひろげられる1年に一度のポセイドン仮面祭。浮かれ騒ぐ祭の日に恋に落ちた男女は結婚が許されるという。総督の娘ジジは今夜運命の相手と出会うと占われていた。一方島を影で支配する警察長官は、自らの権力基盤をより強固なものとするため策を巡らしていた。ジジとの婚約を総督に要求するのもその一環。警察長官との婚約が成立したことを知ったジジは島外へ逃亡しようとするが、そのとき抑圧された金鉱労働者達が蜂起する。謎の吟遊詩人、狂言回しとして登場する道化、ジジの乳母の娘ミナをまきこんだどんでん返しのドラマがくりひろげられる。

初演関連

さて、「祝典喜劇ポセイドン仮面祭」は1973年末に新潮社から刊行されており、古書店にて入手した初版本に劇団四季による初演時のパンフレットが挟まれていた。

当パンフレットによると、劇団四季による上演は1974年1月3日から25日まで、東京日比谷の第一生命ホールにて行われた。演出は浅利慶太で、音楽は武満徹である。観劇料はA席2000円、B席1500円だった。

以下タイトルに付された文言である。

幻の島にくりひろげられる華麗な仮面祭の夜の出来事。鬼才辻邦生が放つ、ロマンと詩情あふれる話題の喜劇大作

劇団四季パンフレットNo.82より

初演時の主な配役は以下の通り

総督の娘ジジ末次美沙緒
吟遊詩人滝田栄
ミナ久野秀子
道化日下武史
音楽

「祝典喜劇ポセイドン仮面祭」の音楽は武満徹が作曲しており、小学館の「武満徹全集」第5巻にて初CD化されるとのこと。刊行予定は2004年5月末。なお、当全集はCD付きながらも書籍として刊行される模様である(CDショップでは入手できないと言うことだと思われる)。

武満徹全集(小学館)
http://www.shogakukan.co.jp/takemitsu/index.html

2004年05月24日

●嵩高紙

5月19日のNHKニュース10で、おもしろいニュースを見る。芥川賞受賞作(「蹴りたい背中」、「蛇にピアス」)や、ロングセラーヒットの「世界の中心で、愛をさけぶ」などのベストセラー本にはある共通点があるのだという。それは、用紙に「かさ高紙」という、通常の書籍用紙よりも厚めの紙を使っていると言うこと。同じページ数でも、従来の書籍よりも分厚く、軽くなるのだそうだ。読者は「あ、こんな分厚い本なのにあっという間に読めちゃったわ」という読後感を抱き、爽快感を持つのだそうだ。

調べてみると、かさ高紙自体は、何年も前から存在していて、たとえば以下のページに概要が書いてある。

王子製紙「OK News 03.8.1 第25号」
http://www.ojipaper-youshi.jp/oknews/news/2003_8_1_25.html

キャスターが「このベストセラー本にはある共通点があるんです」と話し始めたとたんに、あ、紙の厚さのことだろうな、と言うことに気づいてしまった。かさ高紙という言葉自体は知らなかったが、最近読む本はどれも紙が分厚いなあ、と思っていた。たとえば、最近読んだ「天使の記憶」や「ソーネチカ」もそうだと思う。たしかに、読む速度が早いような錯覚を感じてしまう。

売るための仕掛けとして、割り切ってしまえばいいのだろうけれど、買う側としては、なんだ魔法にかけられていたのか…、と気づかされてしまった感もある。なにか引っかかりを覚えてしまうニュースだった。

2004年05月23日

●辻邦生さんの漢字表記について

※辻邦生さんの名字「辻」は、本来は点が二つのしんにょうですが、残念ですがWindowsPCでは表記することができません。従いまして、点が一つのしんにょうである「辻」を使用しています。

2004年05月20日

●無題

今日は本筋の更新はしない。代わりに辻邦生著作目録(私家版)のリファインを行う。