
(このリンクはブルックナー交響曲第9番です)
ブロムシュテット指揮のライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団演奏会に行く。
メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」の第一ヴァイオリンのフレーズを聴いただけで嬉しくなる。これがドイツ人によって美化された麗しきイタリアの風情。第二楽章はローマ時代の古い廃墟のような荘重な感じ。オケは弦楽部が一糸乱れぬ響きを保ち続ける。
ブルックナーの交響曲第7番は実に直情的な演奏。といってもこの直情的と言う言葉は決してネガティブなものではない。素直に限界まで旋律のテンションをあげていくというやり方。ホルンやトロンボーンの咆吼たるやここまでくれば圧巻であり、すでに言葉で形容する限度を超えているといえる。ブルックナーの交響曲第7番がここまで圧倒的な迫力を持っていると言うことに僕は初めて気づかされたと言っても良いと思う。録音を再生するというやり方ではここまでの認識を持つことができないだろう。それは大音響の迫力といった部分だけではない。例えば、ホルンの細かく豊かな倍音や金管楽器のアンブシェアから発する小さな暖かいノイズなども決してCDでは聴くことはできない。
そうそう、ブルックナーの第二楽章の冒頭、コンサートマスターがフライング気味に音を出してしまったのである。普通なら、眉をひそめてもおかしくはない場面だったのだが、僕はそこで思わず感嘆してしまうのであった。というのも、その音の良さといったら!中低音の深みのある豊かな音。よくぞフライングしてくれた、という感じ。
最後まで聞き終えた感想。ドイツのオケはいい音出すなあ、ということ。そして、ドイツに偏執的な憧れを持つ者として、ドイツ人を見るのは良いなあ、ということ。これに関しては、ほとんど無意味で個人的な感想。
指揮のブロムシュテット氏はNHK交響楽団にもよくいらしているので日本でも有名。1927年生まれとあるから、もう78歳になられるのだ。にもかかわらず、あの長身をスッと延ばして登場する。50代と言われても驚かないだろう。しかも二曲とも暗譜である。感嘆はここに極まれり、といった感じ。ブルックナーが終わったあと、拍手がなかなかなりやまない。ブロムシュテット氏がオケが引き払ったあともう一度登場する。客席は最後にもう一度賛嘆の拍手を送っていたという感じ。久々に良い演奏会に行ったなあ、という感じである。
クロークでコートを受け取ろうと順番待ちをしているときに、物知り顔の二人連れが「緊張感がないなあ」なんていう批評をしていたけれど、僕の経験から言えば、緊張感がないと感じる責任は聴く側にもあるはず。批評をするのは簡単きわまりない。しかもそれがネガティブなものであればあるほど、簡単に疵をつけることができる。批評をする際にはそうしたことまで考えた上で行わなければならない。