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2005年07月31日

●シノポリ/リヒャルト・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」

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久々にリヒャルト・シュトラウスのオペラを開拓しようと言う意欲がわいてきた。これは本当に奇跡的なことだ。そんなことこの半年間思いもつかなかったから。ちょっとは体調が良くなってきたのかもしれない。

まずは一週間ぐらいこのCDをきき倒そうと思っている。その後、昨年ぐらいにBSで放映されたビデオを見て、楽しむことができるかどうか、というところである。話の中身も、劇の中で劇中劇が演じられるという、入れ子方式の複雑なものだから、何度も聞かないとわからなさそうだなあ、と思う。

あらすじを説明するのも難しい。

ある金持ちの家でオペラが上演されることになっているのだが、その後でコメディアンによるコメディ劇が演じられるというので、音楽監督が執事に対して怒っている。オペラを侮辱するな、見ないな感じで。ところが、9時から始まる花火大会に間に合わせるために、執事はオペラとコメディ劇を一緒に演じるように命じる。作曲家はちょっと落ち込むが、コメディアン一座の女優が気に入ったのでまあいいか、という感じ。

いよいよ、オペラ+劇の開始。アリアドネは絶海の孤島に見捨てられ絶望して死を待ち望んでいる。コメディアン一座はアリアドネをどうにかして慰めようとするけれど、結局自分たちの楽しみに興ずるのみ。そこに、バッカスが登場する。バッカスを死の使いと勘違いしたアリアドネがバッカスに身を任せると、愛が生まれ、バッカス自身も愛の神として完成する。

あらずじだけだと、なんだなかな、という感じだけど、オペラにはこういうのはありがち。要はアリアドネを慰める女優(チェルビネッタ)のコロラトゥーラの美しさを満喫したり、アリアドネの独白のアリアの美しさに感嘆したり、アリアドネとバッカスの出会いから愛の完成までのアウフヘーベンを楽しんだり、あるいはウィナーワルツ風の舞曲を楽しんだり、とか、そういうところがこのオペラのすごいところなのである。

それから、執事は歌手ではなく演劇俳優が演じることになっている。従って、歌を歌わずに、台詞をしゃべるのである。それがうつくしいドイツ語で何とも言えず幸せな気分になれる。先日のライヴで、オペラで台詞をしゃべることはあるのか、という話になったけれど、そういえば、このオペラは台詞満載であった。彼だけ台詞をしゃべるというのは、音楽と世俗との乖離を表しているものでありが、なかなか凝った作りでおもしろい。

シュトラウスには「影のない女」という世俗と彼岸の対立と結合をテーマにしたオペラもあるが、「ナクソス島のアリアドネ」にも似たところがあるなあ、と思う。作曲していた時期も重なっていたらしいし、執事←→音楽監督の対立軸や、オペラ←→コメディの対立軸などがそれを補強している

もっとも、僕としては、オペラが終わった後にもう一度執事や作曲家たちに登場して欲しいなあ、とも思うのだけれど。オペラが演じられて終わってしまうので、ちょっと締まりがない気がするなあ、と。天才ホフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスの作品なのでそれなりの意図があるはずだが、これは今後の研究テーマ。二人の往復書簡はちゃんと残っているから、どこかに何かが書いているはずだと思う。

音源の演奏は、シノポリ指揮のドレスデン州立歌劇場。シノポリといえば、オペラの指揮中に倒れて若くして(50代後半)亡くなってしまったイタリアの天才指揮者。結構好きな指揮者だったのできわめて残念。精神医学を学び、料理を作り、俳句も作り、最近ではバビロニア考古学でも博士号を取ったというマルチな天才なのである。このCDが生前最後の録音なのだそうだ。

参考書はたとえばこちら。
「R.シュトラウス 作曲家別名曲解説ライブラリー」音楽之友社

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この参考書はおもしろくて、リヒャルト・シュトラウスの解説書なのに、

今や彼の作品そのものは「既成事実」となって、世界の演奏会場や劇場で確固たる位置を占めているのである。しかし、彼の存在そのものがその作品を通してわれわれの内部に占める位置と大きさは、まだ揺れ動いている。19世紀前半のヨーロッパ音楽界に君臨しながらも、その後100年ほどの間に完全に忘却の彼方に追いやられたマイヤベーア(中略)の芸術と同じ運命をたどるか、それともこれから21世紀前半にかけて「シュトラウス・ルネッサンス」をこの世が体験するか、それは神のみぞ知ると言うほかない。
『R.シュトラウス 作曲家別名曲解説ライブラリー』音楽之友社 1993 11ページ (この部分は原田茂生氏が執筆)

といような、シュトラウスファンの不安を喚起するようなことが書いてあるのである。もっとも、マイヤベーアの後には、一般の人々に向けてオペラが多数作られたのに対して、シュトラウスの後には、一般の人々に向けたオペラはほとんど作られていない、という事情の違いもあるし、近年のオペラ上演が演出の斬新さや現代性などに傾いている、という状況があるから、歴史が繰り返すと言えるかどうかは微妙であると思うのであるが。

今回も少し長くなってしまったが、この辺で。

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