●辻邦生「辻邦生が見た20世紀末」(2)

先日に引き続いて。
1990年から1999年はまだ記憶に新しい頃。取り上げられる時事問題も覚えのあるものが多い。
今回は時事問題以外からひとつ。辻文学の根底には西田哲学的なものが感じられることがしばしばあるのだが、「西田哲学に触れて(1995年12月22日)」で、上田閑照さんの「西田幾多郎−人間の生涯ということ」が取り上げられていて、ハッとした次第。大学在学中に西田哲学を囓ったことがある身としては、興味深い。
辻先生が西田哲学から直接的な影響を受けているというところまでを、この文章から読み取ることはできないのだが、辻文学が目指しているものと西田哲学のまなざしの先は一致しているように思えるのである。辻文学が美が現実を支えるものであるとした場合、西田哲学は美の瞬間から現実が分化していくとでもいうであろうから。