●新国立劇場「エレクトラ」
昨日の予習に続いて、こちらは本番。
| 名称(和) | エレクトラ |
|---|---|
| 名称(欧) | Elektra |
| 幕形式 | (クラシック音楽作品名辞典には3幕とあるが、実際は1幕) |
| 作曲年 | 1906-1908 |
| 台本 | ホフマンスタール |
| 初演 | 1909ドレスデン |
最初の下女達の場面、日本人キャストだったからなのかわからないが、瞠目すべき点はあまりない。だが、エレクトラのゼクンデが登場すると、ああ、さすがだな、という感じになる。さいごまでまあ安心して聞ける。
ウルフ・シルマーの指揮は、ゆっくりしたところはゆっくりと、速いところは速く、ときっちり加速減速がなされている。こういう指揮はとても大好き。速いばっかりじゃだめだし、遅いばっかりでもだめ。いつも聴いている演奏(図書館から借りてきた音源で、指揮者不明?誰だろう)とは全く違う。
しかし、今回の外国人キャストはすごかった。勿論外国人だからといって全てよいわけではないのだけれど、すごい外国人キャストには日本人はなかなか勝てない気がする。おそらく体型とか骨格とか、そういう世界の話だと思う。楽器を弾いたり吹いたりするのとは違って、自分の体がそのまま楽器となり音響に影響するのだから、これほど酷なセクションはあるまい。もちろんビジュアル面も重要な要素に鳴って来るというのだから。
ゼクンデがよかったのは勿論だが、チェスター・パットンもよかった。切れのある声で、オレストの凛とした感じをよく出していたと思うのだ。この方は黒人なのだが、実にスタイルがよい。10頭身はあるんじゃないだろうか。まるで草原を走るインパラのような精悍なる体型で、それだけで舞台映えするというもの。
それを思ってまたもや暗澹たる思いにとらわれる。どうしようとこうしようと、10頭身なんて夢のまた夢。
そうそう、ヒヤヒヤしたシーンもあった。みんながみんな狭い舞台で松明を手に持って登場するシーンがあるのだが、本当に火をつけている。舞台装置に近すぎて燃えやしないか?(おそらくビニールだからすぐに着火するに違いない)とハラハラする。
エレクトラがエギストを建物の中に案内するシーンで、エレクトラは松明を持ってエギストの足下を照らしてあげるのだが、このとき松明を振り回しすぎて火が消えてしまった。あらら…、と思っていると、エレクトラが指先に力を入れているのがわかる。次の瞬間松明が発火したのだった。あの松明にはライターが仕込まれているのだった。小道具といえども奧が深い。
舞台が終わるとブラボーが結構飛ぶ。まだ、ブラボーと叫ぶほどの自信はないなあ…。せめて拍手の音で意見を示すぐらい。
| sq | 配役 | 種類 | 名前 |
|---|---|---|---|
| 1 | 指揮 | - | ウルフ・シルマー |
| 2 | 演出 | - | ハンス=ペーター・レーマン |
| 3 | 演奏 | - | 東京フィルハーモニー管弦楽団 |
| 4 | クリテムテストラ | ソプラノ | カラン・アームストロング |
| 5 | エレクトラ | ソプラノ | ナディーヌ・ゼクンデ |
| 6 | クリソテミス | ソプラノ | ナンシー・グスタフソン |
| 7 | エギスト | テノール | リチャード・ブルナー |
| 8 | オレスト | バス | チェスター・パットン |
さて、カーテンコールも終わり、クロークに向かって預けていたコートを受け取りにいく。並んでいるそばから上品そうな老婦人がすっと割り込んでくる。何食わぬ顔をして、先にコートを受け取りさっさと去っていった。上品そうな人ほどこういうことをする。そしてこういう場面によく出くわすのが新国立劇場だったりする。実に興味深い人間観察の場である。