●ホフマンスタール「チャンドス卿の手紙」
ホフマンスタール「チャンドス卿の手紙」
Hugo von Hofmannsthal(1874-1929)
「チャンドス卿の手紙」を読む。天才の名を欲しいままにしたホフマンスタールは詩作においてその非凡な才能を発揮していたのだが、この「チャンドス卿の手紙」を執筆した後は、詩作から散文や劇作へと展開していく(※1)。
この架空書簡小説は、言語表現の限界を,
ある話題をじっくり話すことが、そしてそのさい、だれもがいつもためらうことなくすらすらと口にする言葉を使うことが、しだいにできなくなりました。(中略)ある判断を表明するためにはいずれ口にせざるをえない抽象的な言葉が、腐れ茸のように口の中で崩れてしまうせいでした。
ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙』檜山哲彦訳 岩波文庫 1991、109ページ
と表現している。
こうした、言語表現の不確実性といったテーマより、もっと興味を引くのが以下の部分である。
こうした瞬間には、とるにたらない被造物、犬とか鼠、甲虫、いじけた林檎の木、丘の上の曲りくねった馬車道、苔むした岩などが、生涯最良の夜に身も心も捧げてくれるこのうえなく美しい恋人以上のものに思えてきます。これら物言わぬ、ときには命ももたぬ被造物が、みちたりた愛の姿で立ちあらわれてくるので、その幸に恵まれた私の眼も周囲のいたるところに生命を見いだすのです。
道端の些細な事物に幸福感を見出すとは。科学技術の発達は、事物の数量化を推し進めたわけで、哲学や文学も科学的方法論隷下へとらわれようとしてた頃のこと(※2)。こうした方向性に対する危惧がこのチャンドス卿の手紙を書かせたのではないか。
詩作という研ぎ澄まされた概念的な方法(これにも異論があるかもしれないが)から、劇作や散文への方向転換は、辻邦生が言うように(※3)、「道端の些細な事物を見たときの幸福感」を再現するために物語という方法・枠組みを使うようになった、ということなのかもしれない。
※1、2(檜山哲彦『ホフマンスタール 人間存在の謎』「週刊朝日百科世界の文学68」2000年による。)
※3辻邦生『小説家への道』「詩と永遠」岩波書店、1982
たとえば「私たちが強烈な「情緒=観念」にみたされ、それを伝達しようと緊張するとき、そのエネルギーを汲み上げて緊張を緩和し解消に導いて行くのが、この物語という伝達形式である、ということになります。」
といった文脈において。